東京地方裁判所 平成12年(ワ)6312号 判決
原告 株式会社ナリタ
右代表者代表取締役 渋谷明
右訴訟代理人弁護士 川又次男
被告 和光産業株式会社
右代表者代表取締役 菊地和也
右訴訟代理人弁護士 江藤馨
主文
一 被告は、原告に対し、七二一万八二九〇円及びこれに対する平成一二年四月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを五分し、その四を被告の負担とし、その余は原告の負担とする。
四 この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 被告は、原告に対し、一一二一万八二九〇円及びこれに対する平成一二年四月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 仮執行宣言
第二事案の概要
一 本件は、被告のなした仮差押命令の申立て及び本案訴訟の提起が違法であったとして、右事件の債務者・被告とされた原告が、その被った損害の賠償を求めた事件である。
二 基礎となる事実
1 仮差押え
(一) 仮差押え<1>〔争いのない事実、甲2〕
東京地方裁判所平成一一年(ヨ)第二八二〇号 債権仮差押命令申立事件
債権者 被告
債務者 原告
第三債務者 株式会社千葉銀行(篠崎支店)
被保全権利 別紙手形目録記載の約束手形(以下「本件手形」という。)の手形金につき、遡求権に基づく一億五〇〇〇万円の内金二五〇〇万円の支払請求権
決定日 平成一一年六月二日
(二) 仮差押え<2>〔争いのない事実、甲1〕
東京地方裁判所平成一一年(ヨ)第二七六四号 債権仮差押命令申立事件
債権者 被告
債務者 原告
第三債務者 山九株式会社、板橋商事株式会社、ジャパン・ポートサービス株式会社、鈴江コーポレーション株式会社、丸三運輸有限会社、高知通運株式会社、江間忠合板株式会社、高広木材株式会社、早川商事株式会社、株式会社東京木工所、株式会社田島木材
被保全権利 本件手形の手形金につき、遡求権に基づく一億五〇〇〇万円の内金三六五〇万円の支払請求権
決定日 平成一一年六月三日
(三) 右各仮差押え決定は、決定日から間もなくして、各第三債務者に送達された。〔弁論の全趣旨〕
2 起訴命令〔争いない事実、甲3、4〕
原告(代理人は、川又次男弁護士。以下「川又弁護士」という。)は、右各仮差押決定に対して起訴命令の申立てをなし(東京地方裁判所平成一一年(モ)第五四九四一号、第五四九五二号)、平成一一年六月一七日、その旨の決定がなされた。
3 被告の訴え提起〔争いのない事実、甲5、6〕
(一) 被告は、東京地方裁判所に対し、原告を相手方として、遡求権に基づき本件手形の手形金のうち六一五〇万円の支払を求める手形訴訟を提起し(東京地方裁判所平成一一年(手ワ)第一一五五号約束手形金請求事件〔通常移行〕、以下「本案訴訟」という。)、これに対して原告は川又弁護士を訴訟代理人として応訴した。
(二) 本案訴訟につき、東京地方裁判所は、平成一一年一二月二日、原告が本件手形へ裏書をしたことは認められないとして、被告の請求を全て棄却し、右判決は、同月二四日の経過により確定した。
4 保全取消し〔争いのない事実、甲7、8〕
原告(代理人は、川又弁護士)は、本案訴訟が確定したことから、東京地方裁判所に対し、右各仮差押命令の取消しを申立て(東京地方裁判所平成一二年(モ)第五〇〇三四号、第五〇〇三五号)、平成一二年二月一五日、その旨の決定がなされ、右決定は同年三月一日の経過により確定した。
三 争点と当事者の主張
1 争点
(一) 仮差押え<1>・<2>が違法な仮差押えと認められるか。
(二) 本案訴訟の提起が違法と認められるか。
(三) 原告の被った損害額は幾らか。
2 原告の主張
(一) 被告は、石田豊明とともに本件手形の原告名義の裏書を偽造したものであって、原告が本件手形に裏書行為をしておらず、したがって、被保全権利の存在しないということを知り、あるいは容易に知りえたにもかかわらず、仮差押え<1>・<2>の申立てをし、さらに本案訴訟を提起した。これは不法行為に該当する。
(二) 損害額
(1) 合計額 一一二一万八二九〇円
(2) 逸失利益 三〇一万八二九〇円
原告は運送業を営む会社であるが、被告の仮差押え<2>により、事前に被告がなしていた債権差押予告通知と相俟って、取引先である第三債務者に対する信用を失い、第三債務者から運送取引を停止され、次のとおりの損害を被った。
<1> 丸三運輸株式会社 一一五万一五六〇円
一か月平均取引額七一万九七二八円のうちの粗利益(二〇%)は一四万三九四五円であるところ、取引停止期間は平成一一年六月二三日から平成一二年三月一日(仮差押え<2>の取消決定確定日)までであるから、うち八か月分の逸失利益は一一五万一五六〇円となる。
<2> 株式会社東京木工所 五〇万五七一〇円
一か月平均取引額二五万二八五九円のうちの粗利益(二〇%)は五万〇五七一円であるところ、取引停止期間は平成一一年四月一四日から平成一二年三月一日(仮差押え<2>の取消決定確定日)までであるから、うち一〇か月分の逸失利益は五〇万五七一〇円となる。
<3> 鈴江コーポレーション株式会社 一三六万一〇二〇円
一か月平均取引額六八万〇五一二円のうちの粗利益(二〇%)は一三万六一〇二円であるところ、取引停止期間は平成一一年五月一日から平成一二年三月一日(仮差押え<2>の取消決定確定日)までであるから、うち一〇か月分の逸失利益は一三六万一〇二〇円となる。
(3) 弁護士費用
<1> 起訴命令、本案訴訟、保全取消 七〇〇万〇〇〇〇円
着手金二〇〇万円を支払、報酬五〇〇万円の支払約束をした。
<2> 本件訴訟 一二〇万〇〇〇〇円
着手金六〇万円を支払、報酬六〇万円の支払約束をした。
3 被告の主張
(一) 被告は、原告に対し、三二〇〇万円の貸金債権があった。
(二) 損害
被告が仮差押え<2>の対象とした運送代金債権は、有限会社成田運輸の債権であり、原告の債権ではなかったのだから、原告に損害は発生していない。
四 争点に対する判断
1 争点(一)について
(一) 違法な仮差押命令と認められるか否かに関しては、右命令の被保全債権についての本案訴訟で右債権の存在が認められず敗訴判決が確定した場合には、特段の事情のないかぎり、右仮差押命令の申立人には過失があったものと推定するのが相当である。
そして、基礎となる事実1及び3の事実によれば、被告の申し立てた仮差押え<1>・<2>について、被告には過失があったものと推定される。
(二) ところで、被告は、原告に対して三二〇〇万円の貸金債権があった旨主張する。これは原因債権の存在が右推定を覆す特段の事情となる旨の主張と解されるが、右貸金債権があったことや右貸金債権が存在したと信じるについて相当な理由のあったことを基礎づける事情について何らの立証がされていない。
(三) したがって、被告の申し立てた仮差押え<1>・<2>については、被告の過失による違法なものであったと認めるのが相当である。
2 争点(二)について
(一) 訴えの提起が相手方に対する違法な行為となるのは、提訴者が当該訴訟において主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものである上、同人がそのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たのにあえて提起したなど、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く場合に限られる。
(二) ところで、本案訴訟は、外形上、原告名義の記名印・代表者印によりなされた裏書のある本件手形を所持していた被告が提起した約束手形金請求訴訟である。
そして、原告代表者の供述等〔甲14〕から、被告が本件手形の原告の裏書が原告主張のように偽造されたものであると知っていた、あるいは容易に知り得たと認めることは困難である。
(三) したがって、被告の本案訴訟の提起が違法であるとは認められない。他にこれを認めるに足りる証拠はない。
3 争点(三)について
(一) 弁護士費用(本訴を除く)
(1) 被告の違法な仮差押え<1>・<2>により、原告は、基礎となる事実2ないし4のとおり、起訴命令の申立て、本案訴訟の応訴、保全取消しの申立てを原告代理人である川又弁護士に依頼することとなったものである。
そして、仮差押え<1>・<2>の執行の停止や執行処分の取消しを求めるには六一五〇万円もの資金を必要とし〔甲1、2〕、他方、保全異議の申立てにより対処する方法もあるが、原告としては裏書について全く憶えがなかったことから、本案訴訟で抜本的な解決を図っても時間・費用の面においても大差がないと判断して右のような対応をとったものと推認される。実際、本案訴訟において、通常移行しているものの概ね約五か月で被告の敗訴判決に至るとともに、その理由も「本件全証拠をもってしても、被告の本件手形への裏書行為を認めることはできない」というものであった。
(2) したがって、原告が起訴命令、本案訴訟の応訴、保全取消しの申立てについて要した弁護士費用については、被告の違法な仮差押え<1>・<2>による損害と認めるのが相当である。
(3) そして、証拠〔甲3ないし8、14、15(枝番を含む)、原告代表者本人〕と各事件処理の難易などを総合勘案すると、右弁護士費用としては、三五〇万円が相当である。
(二) 逸失利益について
(1) 証拠〔甲14、原告代表者本人〕によれば、被告の違法な仮差押え<2>により、原告の信用が毀損され、取引先から一定期間その取引を停止されたと認められるから、右取引停止によって原告の被った損害も被告の行為を相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。
(2) そして、証拠〔甲9ないし11、13、14(枝番を含む)、原告代表者本人〕によれば、その損害額は、原告の主張のとおりと認められる(合計額三〇一万八二九〇円)。
(三) 本訴の弁護士費用
本訴の弁護士費用も被告の違法な仮差押え<1>・<2>による損害と認めるのが相当であるところ、右のとおり、認められる損害額は合計六五一万八二九〇円であるから、本訴の弁護士費用としては七〇万円が相当である。
(四) 以上のとおり、原告の被告に対する請求は、七二一万八二九〇円及びこれに対する不法行為後である平成一二年四月八日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
4 よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 坪井宣幸)
別紙 手形目録
金額 一億五〇〇〇万円
支払期日 平成一一年五月一五日
支払地 東京都江戸川区
支払場所 協和信用金庫篠崎駅前支店
振出地 東京都江戸川区
振出日 平成一〇年一一月二五日
振出人 有限会社成田運輸
受取人 株式会社ナリタ
第一裏書人 右同
(支払拒絶証書作成義務免除)
第一被裏書人 白地